2025年7月1日
長野県千曲市 起業家 まちづくり会社社員 山崎哲也さん
アイデア列車、しなの路を走る
長野市や千曲市、軽井沢町など長野県東部を走るしなの鉄道。近年、人気観光列車を「仕事旅(ワーケーション)」のイベントに使ったり、温泉街の観光団体と連携したスナックトレインを走らせたり地域活性につながる独特のプロジェクトが話題をさらった。その仕掛け人のひとり、元千曲市職員で株式会社ふろしき屋の山崎哲也さん(45)に舞台裏を聞いた。
観光列車ろくもん号
観光列車ろくもん号。「ろくもん」は、運用するしなの鉄道沿線にある上田市や千曲市となじみの深い真田家の家紋六文銭から名付けられた。真田家は有名戦国武将、真田信繁(幸村)を輩出した一族である。さて、そのろくもん号。しなの鉄道が、観光客を呼び込むために2014年7月に臨時列車として運行を開始した。デザイナーは全国的に知れ渡るJR九州の高級観光列車「ななつ星in九州」を手がけた水戸岡鋭治氏だ。
この「ろくもん」が観光ではなく、「仕事」と「休暇」を組み合わせたワーケーション列車として走ったのは2021年2月のこと。日本初の取り組みは全国で報道され注目を浴びた。

平日の「ろくもん」は遊休資産
「(観光列車の)ろくもんに乗って仕事ができるのではないかな。借り切ってみてはどうだろう」。人気観光列車×ワーケーションのプロジェクトは、ひとりの男性の提案から始まった。世界的に有名なIT企業やJR東日本の関連会社に勤めた経験のある清水宏之さん。生粋の鉄道ファンでもある。千曲市が力を入れるワーケーションイベントの常連で、この提案がされたのは、2020年11月上旬、参加者らが千曲市内の温泉街を訪れる観光客の回遊促進策をテーマに語り合うアイデアソンでのこと。「ろくもんは人気列車ですが、ツアーが組まれない平日は稼働していない“遊休資産”といえます。空き時間に走らせることは鉄道会社にも恩恵があるのではないか」と語る清水さん。時はコロナ禍。観光列車のろくもんの稼働率も低下していた。そのとき信州千曲観光局でワーケーションを担当していた山崎哲也さんはのちに企画内容を聞き「移動手段の鉄道を仕事場にする発想はおもしろい。地元住民の皆さんも興味を持ってくれるかもしれない」と考え、しなの鉄道との交渉役に。企画書は清水さんが作成することになった。

交渉の決め手になった綿密な企画書
清水さんから山崎さんのもとへ企画書が送られたのはわずか2日後。「あまりの早さと企画書のクオリティに驚いた」と山崎さん。すぐにしなの鉄道の担当者にアポイントを取った。山崎さんは上司やまちづくり会社の社長とともに、しなの鉄道の本社へ。清水さんはオンラインで参加した。ししなの鉄道担当者との交渉で真っ先に課題に挙がったのは運行スケジュールだ。ワーケーションの場合、ただ目的地を目指すのではなく、ゆったり仕事をする時間が求められる。そのため途中駅に滞在して付近を散策するような時間も用意した。担当者は「ほかの通常列車も走っている中で、時間調整が難しいです。滞在できる駅とない駅もあります」と正直な懸念点を伝えてくれたが、企画書の詳細がわかると様子が変わる。企画した清水さんは、しなの鉄道の運行ダイヤを綿密に調べ、列車を留置させるための引き込み線のある駅も把握し時刻表を作り上げていた。清水さんの説明を受けた担当者は「これならできますね」と納得。プロジェクトは実現に向けて動き出す。同席した山崎さんは「二人が何を話しているかわからないくらい専門用語が飛び交う中で、いつも間に交渉がまとまっていました」と語る。イベント開催日の2月までわずか3カ月あまり。具体的なダイヤ編成、コストや集客の課題に取り掛かった。
首都圏のビジネスパーソンと地元住民
ろくもんを利用したワーケーションの旅は、戸倉駅から軽井沢駅、折り返して豊野駅を終着にした約5時間のコースに決まった。ろくもんの通常時の定員は約80人だが、コロナ禍で半数の40人に抑えられる。その分、利用料金も半分になったものの、やはり高級列車。基本的な利用料金が高いうえ、オプションで地元の食材を使った特製弁当やドリンクもつくため利用客に負担を求める必要があった。参加費は3万5千円に設定。当日、ろくもん体験以外のワーケーションプログラムを設けて、付加価値を提供できるような工夫をした。メディアへの告知、ワーケーション経験者からの口コミやSNSを使って呼びかけところ、「観光列車に乗ってみたい」という地元住民の参加者が半分を占めた。
そして迎えた2021年2月24日午前8時40分。約40人を乗せたろくもん号が戸倉駅を出発。最初の目的地、軽井沢を目指した。ろくもん号は3両編成。1両目のカフェと展望スペースは旅の雰囲気を楽しみたい人向け、2両目のオープンスペースはコワーキング向け、3両目が個室スペースで仕事やオンラインミーティングに集中したい人向けに割り振られた。通信に必要なWi-Fiはスタッフがルーターを数基持ち込んだ。

「あんず畑で結婚式」の車内プレゼン
首都圏からは起業家や企業の管理職らが数多く参加していた。出発後しばらくはおのおのパソコンを開いて仕事をしていたが、ほどなく近くにいる人同士も挨拶や会話をするように。
千曲市であんず農家を営む60代の男性が持ち込んだのは、パソコンではなくメモ用紙。都内からの参加者に「一杯いかがですか」とお酒をすすめ、自己紹介では「千曲市であんず農家を目指しています」と熱く語っていた。「あまり知られていませんが、あんずの花は本当にきれいなんです。満開の春はまさにフォトスポット。満開のあんず畑を結婚式の場に活用し、首都圏からも人を呼び込みたい」というビジネスアイデアをプレゼン。地方創生にもつながる構想に首都圏からの参加者らが感心したり、実現に向けた助言をしたり会話が弾んでいった。
映画「男はつらいよ」のファンという篠ノ井市に住む女性は、寅さんの世界観を映し出したゲストハウスを起業したいと参加者にアピール。後日、このろくもん号で知り合った仲間らが、物件探しや資金集めのクラウンドファンディング、施工をサポートしたことで夢が実現する。
「首都圏のビジネスパーソンと地元住民の方々のコミュニケーションが、プロジェクトにもつながっていったのは想定外の出来事。イベントの大きな成果でした」(山崎さん)

集客のカギは共有できる体験づくり
この日、列車に乗り込み取材したメディアは10社。全国規模で放送され、しなの鉄道にも問い合わせの電話が殺到したという。大好評を得てその後、ろくもんを使ったトレインワーケーションの企画は現在まで8回行われている。イベントを持続させるための課題はやはり集客だった。列車を貸し切るには一定の費用がかかるため定員を満たさないと運営が成り立たない。
「集客には口コミやSNSを活用しますが、もう一度乗車をしたい、参加したいと思ってもらうためには印象的なイベント、話題の提供も必要でした」(山崎さん)。
たまたま誕生日の参加者がいるとサプライズケーキを用意。乗客らがバースデイソングを歌い、「おめでとう」の拍手を贈ると車内がほっこりとした雰囲気に包まれた。東京都の建設会社社長は、列車を採用試験会場にする「トレイン面接」を試みた。「ただいま面接試験が開始されました」と車掌が車内アナウンス。社長と入社希望者がクロスシートで向き合い質疑応答する二人を乗客が静かに見守る。「ただいま採用が決定しました」と社内アナウンスが流れると、拍手喝さいが起きた。採用発表がたまたま浅間山を望める場所だったため、運転士が気をきかせて減速。浅間山を背景に社長と内定者の男性が記念写真を撮影する姿が見られた。
「観光列車という非日常的な空間で、参加者らが幸せな時間、体験を共有している姿を見て、鉄道には人やモノを移動させる以外の新たな価値や可能性があると実感しました」(山崎さん)

温泉街と鉄道のコラボ企画「スナックトレイン」
2023年4月。鉄道を活用した地域振興の取り組みをしていたためか、山崎さんは千曲市役所からしなの鉄道へ出向の辞令が下り、販売促進担当として、グッズ制作や販売、貸切列車を依頼する旅行会社との調整業務を担うことに。「正直、鉄道業界に詳しいわけではなかったので、毎日が必死な状況でした」。そんな中、信州千曲観光局とのコラボ案件が持ち上がった。
戸倉上山田温泉には今も昭和の風情を残すネオン街があり、約80のスナックが軒を連ねる。このスナック文化を観光促進に活用するプロジェクト「NEOネオン」のPRのためにしなの鉄道が観光臨時列車「スナックトレインNEOネオン」を走らせるという内容だ。
NEOネオン号は軽井沢駅で首都圏からのイベント参加者を乗せて戸倉上山田温泉の最寄り戸倉駅まで走る。その間にスナックの楽しさを味わい、夕刻に到着した後は、提供されるスナック3軒の無料チケットをもって、戸倉上山田温泉のネオン街を回遊していただくという設定だ。
「臨時列車を走らせるのは難しく、決められた期日内での申請や許可取りに四苦八苦しました」という山崎さんが、あることに気付いた。軽井沢から長野方面に向かう回送列車が使えるのではないか。上長に伝えると、「回送列車の活用は考えてもみなかった」と驚かれるとともに許可が出された。その結果、調整期間が大幅に短縮されて、予定通りにイベント開催のめどが着いた。


若い世代にも興味を抱させた昭和のスナック文化
次の課題はツアーのコンテンツだ。スナックにママは欠かせない。お酒におつまみ、カラオケとマイクも必要だ。山崎さんは戸倉上山田温泉のスナックを一軒一軒まわりママさんに依頼してまわった結果、一人のママが引き受けてくれた。お酒は缶のビールやサワー、つまみは乾きものやお菓子を持ち込む。カラオケはスマートフォンで音を出し、マイクは車掌が使う業務用のマイクを使うことにした。
メディアやSNSで告知すると、昭和のスナックに興味がある若い男女らの応募もあった。9月9日、NEOネオン号は戸倉上山田温泉のある戸倉駅を目指し、軽井沢駅を出発。ほろ酔い気分になったあたりでカラオケがはじまる。何人目かの女性客が山口百恵の「プレイバックパートⅡ」を歌っていると、戸倉駅に到着しそうになったが、「運転士の方が気を利かせて歌い終わるのを待ってホームに入線してくれたんです。鉄道会社の方々のサービス精神が伝わりました」。ワーケーショントレインに続き、スナックトレインのNEOネオン号も全国のニュースで流され話題になり、その後も1年間、毎週土曜日戸倉上山田温泉のネオン街へ乗客を運んだ。


地域に貢献する「災害支援列車」
山崎さんは2024年、千曲市役所を退職。「地域に貢献するため活動の幅を広げたい」と個人事業主として起業するとともに、街づくりの事業に取り組む株式会社ふろしきやに就職した。最近では、ふろしきやでしなの鉄道から「災害支援列車」プロジェクトの業務委託を受け、担当している。
「災害支援列車」は、鉄道で被災者や物資を丸ごと輸送し、駅前に臨時の避難所を開設するという新たな防災モデルだ。鉄道の高い「輸送力」と、沿線に広がる「駅および駅前空間の利活用」に注目し企画されたこの取り組みでは、支援物資とともに約60名のボランティアスタッフや関係者を鉄道で運ぶ計画で近く実証実験が行われる予定だ。
山崎さんはこう意気込む。「自治体や交通事業者とより連携しながら、利用者が減少する鉄道を地域のために役立つ資産に変えていいきたい。チャレンジは、まだまだ始まったばかりです」。

山崎さんの千曲市推しスポット

千曲川万葉公園
戸倉上山田温泉エリアの公園。千曲川沿いにある。奈良時代から現代まで信濃(長野県)について詠まれた27の歌碑がある。山口洋子さんが作詞した「千曲川」の歌碑は、右側のポールのボタンを押すと歌手五木ひろしさんの歌が流れる。

山崎哲也(やまざき・てつや)
2003年大学卒業後、上山田町役場(現千曲市役所)入庁。中心市街活性化などのプロジェクトに携わり、千曲市ワーケーション事業を企画。20年一般社団法人信州千曲観光局へ出向。23年しなの鉄道に出向し、販売促進を担当。24年 イベント企画や観光サイトデイレクション業務を営むみたみたらしらし設立。同年、株式会社ふろしきや入社。ホームランツアーズ(旅行業)を中心に様々な企画に携わっている。
2003年大学卒業後、上山田町役場(現千曲市役所)入庁。中心市街活性化などのプロジェクトに携わり、千曲市ワーケーション事業を企画。20年一般社団法人信州千曲観光局へ出向。23年しなの鉄道に出向し、販売促進を担当。24年 イベント企画や観光サイトデイレクション業務を営むみたみたらしらし設立。同年、株式会社ふろしきや入社。ホームランツアーズ(旅行業)を中心に様々な企画に携わっている。