2025年10月14日
富山県南砺市井波 ジソウラボ代表理事、島田木材・島田優平社長「人をつくる人をつくる」民間自治のまちづくり

富山県南西部に位置する南砺市井波。街のシンボル、瑞泉寺の表参道・八日町通りには彫刻士の工房や町家が軒を連ねる。現在、小さなまちに暮らす木彫刻士は約150人。250年前、瑞泉寺再建のため京都の東本願寺から派遣された木彫刻士の前川三四郎が宮大工に技法を伝授したことがきっかけで「木彫刻のまち」に発展した。地元で老舗の木材会社を経営する島田優平社長は、前川三四郎の事績に倣い、それぞれに技術をもつ有志らとまちの活性化に取り組む。テーマは「人をつくる人をつくる」。活動について聞きました。
ウイスキー樽生産の新規事業
島田さんは東京農業大学で林学を学び、卒業後は奈良県吉野町の18代続く老舗木材会社に勤め修業した。「林業の奥深さ、樹齢300年の木々が残る山を育てる意味、歴史ある企業が伝統に縛られず、時代に合わせて変化する姿勢を学びました」。その後、富山県庁に勤め、30歳で父が経営する島田木材に入社した。島田さんは「時代に合わせた変化」を模索し、「木材を提供するだけでなく、自社で商品になるモノづくりがしたい」と考えた。2017年、好機が訪れる。近隣の砺波市に本社のある若鶴酒造からウイスキー樽生産の依頼があった。樽に適したミズナラの木が地元南砺市の山で採れ、ウイスキーに使う水と同じ水系の水で育つという地域とのゆかりが魅力だったそうだ。島田さんは樽の開発・製造をはじめ、現在、会社の倉庫には熟成中のウイスキーを詰めた樽が並んでいる。「ウイスキーを熟成する樽が井波の名産になれば」と語る。

日本遺産認定に向けたワーキングチーム
井波は日本遺産の認定を目指し、立候補していたが2回連続で落選していた。3回目の挑戦で、推進協議会から島田さんに声がかかる。ワーキンググループには地元の彫刻士や起業家ら幅広い層の人材が参加し議論を展開。その結果、コンセプトは総花的で散漫な印象だった過去2回とは打って変わり、木彫刻に焦点が集約された。キャッチフレーズは「宮大工の鑿(のみ)一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」。鑿は職人用語で道具のこと。京都から瑞泉寺に派遣された木彫刻士の前川三四郎が地元の宮大工に技を教え、そこから数多の彫刻士が育ち、井波のまちが形成された事績にちなんだ。日本遺産の事業計画には、「人づくり」も盛り込まれ、第2、第3の前川三四郎の育成を目指す「三四郎プロジェクト」と名付けられる。2018年、井波は日本遺産に認定された。

ジソウラボの発足
井波で生まれ育った島田さん。大学時代から県外で暮らし、井波のまちの状況について意識することは少なかった。しかし、地元に戻って家業を継ぎ、青年会議所などでも活動をする中で、次第に危機感を覚えるようになる。人口の高齢化、若者の流出、空き家の増加……。まちは活気を失いつつあった。日本遺産の事業は、井波を変えるチャンスだと思った。三四郎プロジェクトを担う若手メンバーらとは価値観も近く馬が合った。
「職人に弟子入りできる宿」がコンセプトの分散型ホテル「Bed&Craft」を運営する建築デザイナーの山川智嗣さん、木彫刻士の前川大地さんらと議論を重ねるうちに「若い世代が自由に意見を言え、実行できる場をつくる」ために独自の活動を目指すようになった。
2020年、3人で一般社団法人「ジソウラボ」を立ち上げる。土「地」の力を継承し、「自」の力で「創」造し、自立して「走」り出すグループだ。時はコロナ禍。国からのコロナ給付金10万円を出資金にあてた。メンバーの条件にはこだわった。利他の精神、誠実さ、自立心、世代や地域をつなぐ対話力。その結果、建設、不動産、石材、ITと多様な分野から7人のメンバーが集まり、本格的に「人づくり」が始まった。

井波への人材誘致と育成支援
人づくりは、事業ごとに源泉となる前川三四郎を育てる方向性を描いた。誘致する事業は「井波にないものを探すのではなく、必要なものを見極めて選びます」という。メンバーらの議論で候補に挙がったのはパン屋だった。当時、井波にはなかった。一軒目が話題になると、自然発生的にパン屋が増えていく展開も想定された。「パン好きの人は地元以外の店にも足を運びます。同業者が増えても問題はなく、逆に魅力的な店がまちに集まることで注目を浴び、集客力が高まることも期待できます」と島田さん。募集すると東京・中目黒のベイカリーで働いているパン職人の窪田直也さん夫妻から応募があり、受け入れが決まった。
ジソウラボは、物件選び、店づくり、事業計画、初期の集客、地域とのコミュニティー接続まで一気通貫でサポートする。基本的にすべて無償だ。窪田さん夫妻は井波に移住。島田さんらが空き物件を見つけ、山川さんが店舗のデザインを担い、開店までの生活費確保のために運営するホテルの厨房の仕事を提供した。21年2月、「baker’s house KUBOTA(ベイカーズハウス クボタ)」がオープン。手の込んだパン作りは時間がかかるため営業は週に3日ほど。開店日には来客が途切れないほどの人気店になった。

クラフトビールを製造するブリュワー
改装した古民家の1階に店舗とクラフトビールの醸造所を備えた「NAT.BREW(ナットブリュー)」。醸造長の望月俊祐さんは山梨県出身。ワインの醸造家だった。妻の郷里だった南砺市に移住し、ワイナリー立ち上げの手伝いをしていた。知り合った地元の農家から「井波でクラフトビールの醸造家を探しているよ」と声をかけれた。ジソウラボの募集だった。
望月さんはラボのメンバーで建設土木会社社長の藤井公嗣さんと面会する。藤井さんはアメリカのポートランドでクラフトビールに心を奪われた経験があった。「井波のクラフトビールをつくりたい」と熱く語る藤井さんに共感し、クラフトビール醸造の道に進むと決めた。 店舗と醸造所は藤井さんが施工を受け持ちオーナーに。望月さんが運営責任者を務める。
2022年12月クラフトビールを製造・販売する「NAT.BREW」がオープン。初期の集客はジソウラボが協力。ビール販売に加え、廃棄予定のパンの残りを使ってビールを作ったり、井波で作られる木樽でビールを熟成させたりワイン造りの経験を活かした独特の取り組みもしている。
開業から2年後、看板商品で干し柿をいかした味が特徴のビール「KUMA.MASSIGURA」が、「ジャパン・グレートビア・アワーズ2024」で最高賞を受賞した。店には地元住民や観光客はもちろん、東京から訪ねてくるクラフトビールファンもいるという。望月さんは「職人のまちの井波は職人には暮らしやすい。お客さんも感度の高い方が多い印象です」と語る。ジソウラボの募集によって、カフェ&焙煎所もオープン。個性的な店舗が井波の魅力を高め、ジソウラボとは関係のない古着ショップや第2のパン屋も開業している。


井波彫刻を支える糸鋸工房と地域商社
ジソウラボは社団法人化前の2019年から地域の伝統工芸の人材育成事業に取り組み、木彫に興味のある人を探していた。京都で美術工芸を学んでいた柴田千瑛さんが大学4年生の時にジソウラボの募集を知り井波を訪問。まちに魅せられ移住を決意した。志望したのは糸鋸師。作品を彫り始める前に必要のない部分を糸鋸機と呼ばれる機械で取り除く仕事だが、井波では十数年前に全員が引退し、作業は地域外に委託していた。柴田さんは街中の空き家を改装し入居。糸鋸機は隣の市の作業所から借りて工房を開いた。
木彫刻の販売も課題だった。木彫刻が家業だった地元の女性が、ジソウラボのサポートを受けて、商社を設立。作り手を支援するために販路開拓、広報、EC、受注代行に務めている。
まちの課題を解決する新たな「ラボ」が続々誕生
ジソウラボは地域課題の解決にも取り組むグループとも連携する。高齢化で増える「交通弱者」をサポートする一般社団法人「イドウラボ」は、オンデマンドバスの実証実験などをしている。増え続ける空き家問題に対応するため不動産会社を経営する男性が一般社団法人「アキヤラボ」を立ち上げた。空き家を再生だけでなく、移住や起業を考える人の相談に乗り、物件の紹介、片付け、再活用のための設計も手伝っている。近年、話題になっている事業承継の問題に取り組む団体「ケイギョーラボ」もある。

行政に頼らない地域づくり
2004年、井波を含む8町村が合併し現在の南砺市が誕生した。行政サービスの向上や広域的視点のまちづくりといったメリットが強調されたが、広くなった地域で行政の目は人口の多いエリアへと向けられる。そのあおりを受けたのか井波の人口は合併以来2割以上減ったという。島田さんらは「行政に頼らないまちづくり」を目指し、「自分たちのまちは自分らでつくる」という姿勢を貫く。
越中国と呼ばれた富山県は、中世には一向一揆が盛んで、住民自治の気風があり、井波も一向宗(浄土真宗)の瑞泉寺を中心に発達した。「民衆がまちを治めた歴史・文化的背景があります。住民の力で江戸の下町のような職人のまちをつくっていけたらとイメージしています」。
ジソウラボのメンバーらと目指すのは、100年後を見据えた、事業の源泉となる人づくり。次世代の若者の活動を促進するために必要に応じてハード整備も行い、魅力的なコンテンツの事業づくりをサポートする。課題は「ひとをつくる人をつくる」コンセプトの継続。島田さんは「育てられた人がまた人を育てるサイクルや手法を確立していきたい」と語る。


島田優平(しまだ・ゆうへい)。
ジソウラボ代表理事、島田木材
島田優平(しまだ・ゆうへい)。1977年富山県井波町(現南砺市)生まれ。一般社団法人ジソウラボ代表理事、島田木材代表取締役。東京農業大学卒。奈良県吉野町の木材会社、富山県庁を経て2008年、井波に戻り島田木材に入社。2017年となみ青年会議所理事長。井波日本遺産推進協議会ワーキンググループ座長に就き、日本遺産関連事業を推進する2020年、一般社団法人ジソウラボを有志らと設立する。
島田優平(しまだ・ゆうへい)。1977年富山県井波町(現南砺市)生まれ。一般社団法人ジソウラボ代表理事、島田木材代表取締役。東京農業大学卒。奈良県吉野町の木材会社、富山県庁を経て2008年、井波に戻り島田木材に入社。2017年となみ青年会議所理事長。井波日本遺産推進協議会ワーキンググループ座長に就き、日本遺産関連事業を推進する2020年、一般社団法人ジソウラボを有志らと設立する。